埼玉県の概要
埼玉県は関東平野の内部に位置する内陸県で、山地面積がおよそ3分の1、残りの3分の2を平地が占めています。全国的に比較して、快晴日数が多いことや風水害が少ないことなどが特徴です。
埼玉県のあゆみ
埼玉県は隆起と海退によって形成され、海面は現在よりも高く、東京都江戸川区から県域南東部を中心とした海抜の低い地域は、古東京湾の入り江が大きく入り込んでいたため、海底だったと考えられています。その影響は、縄文・弥生時代まで続いたとされています。
律令制以前、県域は毛野国と呼ばれ、筑紫や吉備に比肩する大国であったとされ大和朝廷との関係において高い地位にあり、現在の東京地域よりも繁栄していました。
中世にはそれまで原野であった北武蔵の丘陵地や台地を開拓した武蔵武士が出現し、畠山氏や河越氏ら諸氏を分出した秩父氏の一族や、同族集団として形成された武蔵七党など中小規模の在地土豪となります。平治の乱を経て武蔵国が平氏の知行国になると、武蔵守には平氏一門が任じられ武蔵武士は被官化し、新恩地を得て西国へも進出しました。
また、鎌倉幕府の成立を契機に街道が整備され、北武蔵には南北に鎌倉街道の上道や中道が通じて奥州方面と結ばれ、物資の流通路となったほか軍事的にも重視され、沿道には城館が分布します。幹線道の整備に伴い脇道や水上交通も発達し、多くの市や宿が成立しました。
江戸時代になると江戸幕府により江戸を起点とした五街道の整備が進められ、埼玉県内には中山道に9つの宿場(蕨宿、浦和宿、大宮宿、上尾宿、桶川宿、鴻巣宿、熊谷宿、深谷宿、本庄宿)、日光街道(奥州街道)に6つの宿場(草加宿、越ヶ谷宿、粕壁宿、杉戸宿、幸手宿、栗橋宿)が置かれます。
また、川越藩や岩槻藩・忍藩といった城下町が発展し、特に川越は江戸北方の防衛拠点として親藩・譜代の重臣が治め、「小江戸」と呼ばれ栄えることになります。
県域は日本の首都である東京に近いことから、近代以降の大都市圏の拡大にともない、1970年代を中心に急激な人口流入と都市化が進み、現在に至ります。
埼玉県の名前の由来
埼玉の名前の由来は諸説がありますが、埼玉古墳が由来とする説や、幸福をもたらす神の働きを意味する「幸魂」(さきみたま)から名づけられたとする説があります。
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埼玉県立歴史と民俗の博物館 |
| 住所: |
〒330-0803
さいたま市大宮区高鼻町4丁目219 [地図を見る] |
| 電話番号: |
048-641-0890 |
| 開館時間: |
平日 9:00〜16:30
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| 休館日: |
月曜日(祝日の場合は開館)
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| 入館料: |
一般300円、高・大学生150円、65歳以上、中学生以下及び障害者手帳所持者は無料 特別展・企画展は別料金 |
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